「NFTをどのように使ってファンのエンゲージメントを作っていくのか」という問いはWeb3の波とともに積極的に議論されてきたことです。さまざまなプロジェクトが生まれたこの1年で、そろそろ良い筋や悪い筋が見えてきたように思います。一つ強く主張したいこととしては、「そもそもNFTそのものとスマートコントラクトにはコミュニティを醸成する機能はない」ということです。
コミュニティのゲート機能としてNFTは最適ですが、それに価値が出るのは魅力的なコミュニティがある場合だけです。NFTの価格が上がることがインセンティブになってホルダーがコミュニティに積極的に参加することも期待できますが、ユーザーが金銭的な目的で関わっている場合、これは短期的なもので、長期的にはNFT価格が下がることで炎上、ブランド価値の毀損のリスクがあります。
これまで確かにブランドやコレクションはNFTを収益源として認識し、コミュニティへの参加を謳ってNFTを販売してきました。しかし、このコミュニティはNFTがあるからといってうまく稼働するわけもなく、NFTの価格も暴落し、むしろブランド価値の毀損が起こっています。
また月額のサブスクリプションではなく、NFTを買い切りの形でコミュニティへのパスとすることでビジネスモデルの不安定さ(顧客に借金しているような状態)が増しました。
これからは多くのブランドがNFTを直接的な収益源としてではなく、エンゲージメントをあげる手段として使っていくことが筋がいいのではないかと思います。
この記事では、SalesforceのWeb3事業の参入とその事例に触れながらNFTとファンエンゲージメントの在り方を見ていきます。
Salesforce Web3
SalesforceがWeb3事業に参入して、新たなプラットフォームを提供していきます。このプラットフォームでは企業が信頼できる持続可能な方法でNFTを作成・展開・管理できるように支援するものです。企業が簡単にNFTを発行したり、販売できるプロダクトというのは最近国内外でも増えてきています。
セールスフォース、NFTプラットフォーム「Salesforce Web3」を発表・・・複数のブランドがパイロットテストに参加
Salesforceは昔から提供しているCRM(Salesforce)やマーケティングオートメーションツール(Pardot)を持っており、すでにこの領域に対して知見を持っていると言えます。
これまでの顧客管理やメールといったコミュニケーション手段のコンテンツを「NFT」に置き換えたものだと理解してください。まだこのプラットフォーム自体が公開されていないので、憶測の域を出ませんが今までブランドやサービスプロバイダーが顧客とメールアドレスを通じて顧客管理やナーチャリングをしていたのと同じように、NFTを受け取るウォレットアドレスで顧客管理とナーチャリングをしていけるようになるでしょう。(※詳細が分かり次第追記します。)
これは、現在NFTのプラットフォームを作っている企業からすれば脅威的であると言えます。特に現在すでにSalesforceを使っているtoC向けのブランドなどはすぐに利用していけるイメージが湧きます。
以下、興味深い発言があったので共有します。
数年前、ブランドはNFTを収益源と考えていましたが、ある程度はまだその通りです。しかし、多くのブランドは、個人、コミュニティ、ブランドの興奮を促進し、若い観客をターゲットにするために、単にNFTを無料でプレゼントすることでエンゲージメントとしても見ています。収益がないかもしれないとしても、それが重要なのです。
暗号ウォレットは新しいCookieです。最も興味深く、力のあることの1つは、1st Partyのデータにアクセスできることです。Cookieに関する規制が世界的に厳しくなったことで、暗号ウォレットは、直接顧客と接触し、そのファーストパーティのデータにアクセスする本当に強力な手段となりました。
これまでCookieが企業のマーケティングで果たしてきた役割は絶大でした。業界はCookieの規制によって震撼しています。特に3rd Party Cookieは訪問したWebサイトとは異なる第三者のドメインが発行したCookieで、インターネット広告を配信する事業者などが発行し、「Webサイトでアパレルを見た後にニュースサイトを見ているとアパレルの広告が出てきた」と時などに利用されています。オンラインでの体験を向上させる一方で、IDと個人情報が紐づいてしまった時のセキュリティリスクやデータの無断利用という観点で規制が進んでいます。
ウォレットが完全にCookieにとって変わる未来こそまだ想像できないものの、ウォレットの中のNFTを分析して、より高解像度でパーソナライズされた体験を提供できるようになっていきます。
具体例をあげるために、Salesforce Web3のパイロットプログラムに参加した2つの事例を見ていきましょう。
Crown Royal:Chain of Gratitude
1つ目は、ウイスキー会社であるCrown Royalが行った”Chain Of Gratitude(感謝の連鎖)”というNFTプログラムです。このプログラムでは、Crown Royalが発行したNFTを、感謝の意味を込めて他の人にプレゼントして、そのNFTを受け取った人が次の人にNFTをプレゼントするという「感謝の連鎖」をできるだけ長く繋げた人に限定グッズが配られるようになっています。
ガラケー時代のチェーンメールの「ハッピー版」をイメージしてもらえばわかりやすいかなと思います。チェーンメールの場合、一体誰が誰に、何人に送られたのかを追跡することはできませんでした。今回の”Chain Of Gratitude ”プログラムの場合、ブロックチェーンを使うことで、どれだけの人にNFTが渡ったのか、どのウォレットなのかということが追跡可能になります。
一番長いチェーンで、444ものチェーンが繋がれた、つまり444人にNFTが渡ったことがわかっています。NFTを一個配るだけで、プロダクトについて444人に知ってもらったことを考えるとマーケティングインパクトを作れた施策と言えるのではないでしょうか。また、ウイスキー好きな人間が感謝を伝える相手としてわたっていくので、ターゲティング属性としても良かったと推測できます。
配られる限定グッズも一人目の人だけがもらえる形をとっていて、二人目以降はもらえません。インセンティブがないという見方もできますが、NFTの投機的な部分を排除したカネ臭くない施策だったとも言えます。また、NFTを送った人は「送った人がもらえるNFT」が新たに手に入ります。
その後の展開を考えると、そのNFTを受け取った人たちのウォレットに新しいNFTを配ることができます。NFTのユーティリティとして自社のウイスキーを送ったりキャンペーン施策を行うことでCookieのような使い方が可能になります。
SCOTCH & SODA:Club Soda 3.0
二つ目の事例はオランダのカジュアルアパレルブランド、SCOTCH&SODA社が運営しているClub Soda 3.0です。このプログラムでは、NFTを持っていることで限定のコミュニティに入ることができます。このコミュニティでは限定イベントへの参加や物販、同社のオンライン企画に能動的に関わることができます。
ここまで聞くとよくあるNFTコミュニティに感じるかもしれませんが、このプログラムの特徴は参加券となるNFTをフリーミントで手に入れることができる点です。高額なNFTを参加券にするのではなくフリーミントにしているわけですが、2022年9月に配られて現在(2023年3月)の二次流通最低価格は0.022eth、日本円でだいたい5000円ほどになっています。リスト率、つまり売りたい人の割合も0.8%となっていて、無料で手に入れたものにも関わらず5000円でも売りたくない、それだけコミュニティに価値を感じているということが読み取れます。
このフリーミントからの二次流通価格とリスト率はアディダスとプラダがコラボしたNFTと同じ水準ということで、知名度も考えると成功していると言って良いでしょう。
NFTの販売を収益源として考えるのではなく、無料で配りエンゲージメントを作るためのものとして利用できている良い事例です。
ディズニーのバースデーシール
個人的には、これら2つの事例にディズニーのバースデーシールと似た点を感じています。無料で配り、属性を付与する。そして、その記録をもとにさまざまなサービスを提供してエンゲージメントを高めビジネスに結びつける。
バースデーシールの場合、誕生日の人にシールをあげて特別なサービスを提供することで体験をよくしています。そして、その効果として物販の購買につなげているでしょう。さらに、そのような機会があると知ることで「誕生日にディズニーに行こう」と財布の紐がちょっと緩んだ人が来園してくれます。
今日紹介したフリーミントはこのバースデーシールに近い形でファンとのエンゲージメントを提供しており、もしこれがフリーミントではなく1万円で販売であれば、「誕生日シールを1万円で買うのか」そして「受けられたサービスは1万円に相応しいのか」という顧客との関係向上を阻む要素が出てきます。
NFTを高額で販売してコミュニティに参加する権利で収益を考えるよりも、無料でNFTを配布してファンの人たちが広告塔になってくれるという捉え方の方が筋がいいように思います。
その他にも銭湯をめぐるスタンプラリーや駅のスタンプラリー、ライブやイベントの参加証明などがNFTを通じて日本で行われています。
今後議論されること
NFT(Soulbound Token含む)が無料で配布されることが増えると、ウォレットがNFTまみれになってしまいます。リテラシーが高ければウォレットを分けることができますが、メールボックスのキャンペーンフォルダのようになってしまうことは避けたいです。
また、Salesforceに限っていえば、既存事業と合わせてプラットフォームとして強くなりすぎてしまい中央集権的になりすぎてしまうことや全部のNFTをCookieのように顧客分析のためデータを収集するのかという点も気になってきます。
Salesforce側としては全部のデータを収集するのではなく、データを持っているユーザーが「どの情報を提供して、どの情報は公開しないのか」を選べるように最大限注意を払っていくと述べています。
そうなった先には、データを提供することでより良い体験が得られるという納得感安心感が必要なのはいうまでもないでしょう。
これから有料NFTをパスとして使ったコミュニティを立ち上げる方は一度立ち止まって考えてみることをおすすめします。